基礎知識 — 歴史と社会 — 米国
1937 年米国マリファナ税法 — 現代禁止体制の起点
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19 世紀の西洋諸国で、大麻チンキ(液剤)は 薬局で普通に処方されていた。それが 20 世紀半ばまでに世界中で違法な物質に変わった —— この大転換の出発点が、1937 年に米国で成立したマリファナ税法(Marijuana Tax Act of 1937)である。
この法律は表向きは「税法」として作られたが、実質的に米国における大麻の 連邦レベルの禁止 を実現した。その後、米国の規制スタンスは 1961 年単一条約 を通じて世界的な禁止体制の基盤になった。本記事は、この歴史的な転換点を整理する。
19 世紀後半から 20 世紀初頭にかけて、大麻は西洋諸国の 薬局方(やっきょくほう、各国の公式医薬品リスト)に掲載され、鎮痛・鎮静などの用途で チンキ剤(アルコールに溶かした液剤)として処方されていた。米国でも薬剤師が普通に取り扱う薬の一つだった。
19 世紀末から 20 世紀初頭にかけて、合成医薬品(アスピリン、バルビツール酸系睡眠薬など)が登場し、用量管理が難しい大麻チンキは医療現場で次第に出番が減っていった。
歴史研究では、当時のメキシコ系移民や黒人コミュニティで広がっていた大麻使用への 社会不安 や 人種的偏見 が、規制推進のレトリックに利用されたとする分析が多くある。「マリファナ」というスペイン語由来の俗称が用いられたのも、それまでの “cannabis” という医療用語との切り離しが意図されたとする研究がある。
「マリファナは凶暴性を引き起こす」「若者を堕落させる」といったセンセーショナルな表現を用いた新聞キャンペーンが展開され、立法への世論形成に寄与したと記録されている。1936 年の映画『Reefer Madness』はこの時代の表現を象徴する作品として後世に知られる。
マリファナ税法は 税法の形式 を取った巧妙な設計だった:
つまり「所持自体は違法と書いていないが、合法に取引することはできない」という構造で、実質的な禁止を実現した。
米国の規制スタンスは戦後の国際薬物統制条約に強く反映された:
近年の歴史研究では、1937 年法成立の背景にある 人種的・経済的・組織的動機 への批判的再評価が進んでいる。米国の一部の州レベルでの合法化議論は、この歴史的経緯への反省を一つの根拠として提示するケースが増えている。
2024-2026 年にかけて、米国 DEA・HHS は大麻の Schedule III への引き下げ(リスケジューリング)を議論している。これは 1937 年以来の連邦規制スタンスの大きな転換点となる可能性がある。本記事公開時点(2026 年 5 月)では確定情報は限定的。
米国の一部の研究者・政策提言者は、人種的偏見と結びついた歴史を持つ「マリファナ」という用語の使用を控え、植物学的な “cannabis” を使うべきとする提案をしている。日本語ニュース翻訳の文脈でも、用語選定は徐々に「大麻」「カンナビス」中心に移行する傾向がある。
1937 年米国マリファナ税法は、現代の世界的な大麻禁止体制の出発点である。表向きは税法、実質的には禁止 —— という巧妙な設計により、米国国内での大麻取引を事実上停止させ、その規制スタンスは戦後の国際条約を通じて世界に広がった。日本国内でも 1948 年大麻取締法は同じ流れの中で制定された。本記事は法制度の歴史的経緯の解説であり、特定の政策的立場を支持するものではない。日本国内における大麻草・大麻製品の所持・使用・栽培・輸出入は大麻取締法および関連法令により引き続き規制されている。
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