コラム — 論点整理
「インディカ=眠い」は本当か——品種分類の科学と限界
インディカは体が重くなって眠くなる、サティバは頭が冴えて活動的になる——大麻について語られるとき、この二分法はほとんど前提のように扱われる。販売店の棚も、アプリの検索フィルターも、多くはこの軸で並んでいる。
ところが、遺伝学の研究はこの分類をあまり支持していない。ラベルとゲノム全体の構造の相関は弱く、同じ名前で売られていても中身が別物ということも起こる。では品種名にはまったく意味がないのか——というと、そうでもない。査読論文をたどりながら、この分類のどこまでが使えて、どこからが幻想なのかを整理する。
当サイトは 50 を超える品種記事を持つ。だからこそ、その分類の限界も併せて示しておきたい。
2015 年、PLOS ONE に Sawler らの論文「The Genetic Structure of Marijuana and Hemp」が掲載された。マリファナ 81 検体・ヘンプ 43 検体を遺伝子型判定し、14,031 個の SNP(一塩基多型) で比較した研究である。
結果は二つの意味で重要だった。
1. マリファナとヘンプは、はっきり違う 両者はゲノム全体で有意に分化しており(平均 FST = 0.156)、その違いは THC 産生に関わる遺伝子だけに限られないことが示された。「ヘンプと大麻は同じ植物」とよく言われるが、少なくとも栽培化された集団としては、遺伝的にかなり離れているということだ。
2. 「sativa 何%」という表示は、そこまで当てにならない 報告された C. sativa の系統と、実際の遺伝的な主成分との相関は 中程度(r² = 0.36) にとどまった。さらに際立つのは名前の問題で、同じ名前を持つ検体の 35% が、別の名前の検体のほうに遺伝的により近かった。著者らは、品種名から遺伝的アイデンティティを確実に推測することはできない、と結論している。
つまり、「OG Kush」と書かれた二つの株が、互いより他人に似ているということが普通に起こる。
さらに踏み込んだのが、2021 年に Nature Plants に載った Watts らの論文「Cannabis labelling is associated with genetic variation in terpene synthase genes」である。297 検体を分析し、うち 137 検体から高品質な DNA を取り、116,296 個の SNP で調べた。
ここでも、Sativa–Indica の尺度はゲノム全体の変異をほとんど捉えていなかった。主成分分析との相関は PC1・PC2 とも R² = 0.12 と弱く、主成分を 10 個まで入れても説明できる分散は 37% にとどまった。
だが著者らは、ラベルがまったくの無意味ではないことも見つけている。特定の テルペン(香り成分) の濃度とは、そこそこ対応していたのだ。
しかも、これらのテルペンを作る テルペン合成酵素遺伝子(TPS) の近くに、関連する遺伝的マーカーが見つかった。たとえばミルセンでは、ミルセン合成酵素をコードする TPS30 のタンデム配列から わずか 6.4 キロベースの位置に SNP があった。
著者らの結論はこうだ——大麻のラベルは、系統というより、特徴的な香りをつくる少数のテルペンによって主に決められているらしい。
ここまでを踏まえると、二分法の正体が見えてくる。
私たちが「インディカらしい」と感じているのは、植物の系統ではなく、おそらく ミルセンを中心とした香りの型だ。そして「ミルセンが多いと鎮静的」という説自体は、大規模な臨床試験で確立されたものではない。よく引用されるが、根拠としてはまだ弱い。
さらに厄介なのは、作用は成分構成・用量・摂取経路・その人の体質と経験に大きく左右されるという点だ。先日扱った前臨床研究(大麻は成分構成で免疫への作用が変わる)も、同じ「大麻」でも組成が違えば作用が変わりうることを示していた。
もちろん、形態としてのインディカ/サティバの区別には意味がある。山岳地帯で背が低く葉が広い型、赤道地帯で背が高く葉が細い型——その差は実在し、栽培上も重要だ。この植物としての来歴は「ランドレースとは何か」で扱った。問題なのは、その形態の話を「効き方の予測」にそのまま流用してしまうことである。
では品種図鑑は無意味かというと、そうではない。研究が示したのは「名前が万能ではない」ことであって、「何も伝えていない」ことではないからだ。
現実的な使い方はこうなる。
Watts らは、より実用的な分類として 「少数のテルペンを定量する」か「香りに関連する遺伝マーカーで判定する」 方式を提案している。将来の棚は「インディカ/サティバ」ではなく、成分プロファイルで並ぶのかもしれない。
「インディカ=眠い、サティバ=覚醒」という便利な二分法は、遺伝学的な裏づけが弱い。ラベルとゲノム全体の相関は弱く(R² = 0.12)、同じ名前でも中身が違うことがあり、ラベルが実際に捉えているのは主に 香りの型だった。
当サイトの品種記事も、香りや系譜、文化的背景の記録としては役に立つが、効き方を約束するものではない。この距離感を持って読んでいただくのが、いちばん正確だと考えている。研究の読み方については「『効く』『効かない』で割れる大麻研究の読み解き方」も参照してほしい。
なお日本国内では、大麻草・大麻製品の所持・使用・栽培・輸出入は大麻取締法および関連法令により規制されている。本記事は植物学・遺伝学の解説を目的とし、特定の使用を推奨するものではない。
出典 — Sources
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