論文解説 — 医療 — スイス
重度認知症へのTHC/CBDオイル——主要評価項目では差がつかなかったRCT
文責 HighWide Yuuki ·
論文解説 — 医療 — スイス
文責 HighWide Yuuki ·
スイス・ジュネーブの長期療養施設 5 か所で行われた 二重盲検クロスオーバー試験の結果が、2026 年 8 月、老年医学の学術誌 Age and Ageing に掲載された。重度の認知症がある高齢者に THC/CBD オイルを投与した試験である。
結果は、見出しにしにくいものだった。**主要評価項目である興奮(agitation)のスコアは、プラセボと差がつかなかった。**一方で、副次評価項目のひとつである 「頓服(必要時)の向精神薬の使用回数」は有意に少なかった。
この二つを混同すると、試験が示したことを取り違える。本記事はその区別を軸に整理する。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 実施 | ジュネーブ大学病院、ジュネーブ大学、高齢者受け入れ財団(スイス) |
| 形式 | 多施設・無作為化・二重盲検・プラセボ対照・クロスオーバー |
| 場所 | ジュネーブの長期療養施設 5 か所 |
| 対象 | 重度の認知症があり、行動・心理症状(BPSD)を伴う入居者 |
| 人数 | 25 人を無作為化(平均 83 歳)、19 人が両期間を完了 |
| 介入 | 経口の THC/CBD オイル(1:2)。1 日あたり最大 THC 20mg / CBD 40mg まで漸増 |
| 期間 | 各期間 8 週間、間に 1 週間のウォッシュアウト |
| 主要評価項目 | CMAI(コーエン・マンスフィールド興奮性尺度) |
| 副次評価項目 | 行動評価尺度、痛み、頓服(pro re nata)の向精神薬使用、安全性 |
クロスオーバー試験とは、同じ参加者が実薬期間とプラセボ期間の両方を(順序をランダムに決めて)経験する設計である。参加者自身を対照にできるため、少人数でも比較の精度を上げやすい。一方で、期間をまたぐ持ち越し効果や、途中脱落の影響を受けやすい。
論文は明快に述べている。CMAI およびその他の主要な行動アウトカムについて、実薬とプラセボの間に有意差は観察されなかった。
つまり、この試験の設計上「最も知りたかったこと」——THC/CBD オイルが重度認知症の興奮を減らすか——について、この試験は「減らす」とは言えなかった。
一方で、必要時に投与される向精神薬(抗精神病薬や睡眠薬など)の使用回数には、有意な差が出た。
さらに試験終了から 6 か月後の時点で、治療を継続していた患者は全員が服用を続けており、そのうち 21% は他の向精神薬をすべて中止できていたと報告されている。
**試験薬に関連する重篤な有害事象は観察されなかった。**血圧と心拍数も、両期間を通じて安定していたとされる。
臨床試験では、あらかじめ「これで判定する」と決めた指標が主要評価項目である。副次評価項目は、そのほかに測っておく指標を指す。
この区別が重要なのは、測る項目を増やせば、偶然どれかに差が出る確率が上がるからだ。主要評価項目を事前に一つ決めておくのは、後から都合のよい指標を選び出す「いいとこ取り」を防ぐための仕組みである。
したがって、
今回の報道の一部は「THC/CBD が向精神薬の使用を有意に減らした」という副次評価項目の側を見出しに取っている。間違いではないが、主要評価項目が陰性だったという文脈が抜けると印象が変わる。
研究チーム自身の結論も慎重だ。「実生活に近い条件でのこのクロスオーバー試験では、THC/CBD オイルは重度認知症の興奮の軽減においてプラセボに優越しなかった」としたうえで、安全であったこと、頓服の向精神薬の使用が有意に減ったことを挙げ、**「選択された患者において補助的な選択肢となりうるが、さらなる研究が必要である」**と述べている。
同じ 2026 年、米国では LiBBY 試験(Life’s End Benefits of cannaBidiol and tetrahYdrocannabinol)の結果が発表された。国立老化研究所(NIA)が資金を出すアルツハイマー病臨床試験コンソーシアム(ACTC)による第 II 相試験で、ホスピス適格の認知症患者 120 人を対象に、CMAI で有意な改善(2 週時点でプラセボより 6.27 点、12 週時点で 8.23 点大きい低下)が報告されている。
ただし注意が必要だ。
**設計が違う試験どうしを直接比べることはできない。**同じ「THC/CBD と認知症」でも、結果が一致していない段階にある、というのが現状の正確な理解である。研究結果が割れて見えるときの読み方は、別記事「『効く』『効かない』で割れる大麻研究の読み解き方」でも整理している。
日本では、2024 年施行の法改正により 大麻草から製造された医薬品の医療使用が制度上は可能になった。ただし、認知症の行動・心理症状に対するカンナビノイド医薬品は承認されていない。本記事で扱った THC/CBD オイルは、日本国内で処方・入手できるものではない。
また、THC を含む製品の所持・使用は 大麻取締法および関連法令により規制されている。制度の全体像は「日本の大麻ルールはいま」を参照。
本記事は公表された臨床研究の解説であり、特定の治療や製品を推奨するものではない。認知症の治療については主治医に相談してほしい。
出典 — Sources
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