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米軍の最高裁にあたる CAAF(合衆国軍事控訴裁判所) が、ある空軍兵の上告を受理した。争点は、尿検査で陽性が出たという事実だけで、「本人がそれと知って使った」と認定してよいかである。

この扱いを支えてきたのは 1987 年の判例だ。当時と現在では、大麻をめぐる環境がまるで違う。

そして、受動的に煙を浴びただけで 57.5 ng/mL が検出されたという実験結果がある。

ざっくり言うと

  • 何が起きたか — CAAF が United States v. Collyn L. Lawrence の上告を受理。「許容的推認(permissive inference)」が違憲かどうかと、有罪を支える証拠が足りているかの 2 点を審理する
  • 何が問われているか — 検査の陽性は「体内にあった」ことしか示さない。「知って摂取した」は別の事実である。これまでは前者から後者を推認してよいとされてきた
  • 日本との関係 — 日本でも 2024 年 12 月から大麻の「使用」が処罰対象になった。検出値から何をどこまで言えるかは、同じ構造の問題になりうる

何が起きたか

上告人は空軍の 一等航空兵 Collyn L. Lawrence。

  • 2024 年 1 月 9 日、無作為抽出の尿検査を受けた
  • 結果は THC 代謝物 22 ng/mL。国防総省の確認検査の基準値 15 ng/mL を 7 ng/mL 上回っていた
  • Δ9-THC の不正使用で有罪となり、階級を E-2 に降等、けん責の処分を受けた

弁護側の主張は明快である。「本人が知って摂取したという直接証拠は、検察側から一切示されていない」。検察が依拠したのは、陽性という事実からの推認だけだった。

2026 年 5 月、下級審にあたる空軍刑事控訴裁判所は有罪を維持し、推認は合憲で証拠も十分だと判断した。これに対する上告が、今回受理された。

上告理由書は 46 ページ。提出期限は 2026 年 9 月 15 日で、政府側の応答が 21 日、さらに反論が 7 日と続く。口頭弁論の日程はまだ決まっていない。

「許容的推認」とは何か

軍法では、規制薬物の不正使用で有罪とするには、その物質が体内にあることを本人が認識していたことが必要になる。単に体内にあった、では足りない。

ところが 軍法会議教範(Manual for Courts-Martial) は、その認識を、体内に薬物が存在することから推認してよいと定めている。これが「許容的推認」である。

義務ではなく「してもよい」という建て付けだが、実務上は 陽性の検査結果だけで有罪を支えられることを意味してきた。

支えてきた 2 つの判例

① United States v. Ford, 23 M.J. 331, 336-37(C.M.A. 1987)

この推認が 米国憲法上許されるかを正面から扱い、許されるとした判例である。米国の統一軍事裁判法典(UCMJ)第 112a 条にいう「不正な(wrongful)」使用という要件について、薬物使用という前提事実から違法性(認識を含む)を推認することは 軍法で長く認められてきた、という論理をとる。

なお当時の裁判所名は C.M.A.(軍事控訴裁判所) で、1994 年に現在の CAAF へ改称された。

② United States v. Campbell, 50 M.J. 154(1999)

推認が成り立つために、専門家証言が次の 3 点を示す必要があるとした。

  1. その代謝物が、当該薬物以外からは自然に生成されないこと
  2. 基準値と検出濃度が、知らずに摂取した可能性を合理的に排除できるほど高いこと
  3. 検査手法が、存在を確実に検出し、濃度を確実に定量できること

今回の争点に直結するのは 2 番目である。「知らずに摂取した可能性を合理的に排除できるほど高い」と、2026 年のいまも言えるのか。

1987 年と、いま

Ford が出た 1987 年、米国のどの州にも、州法にもとづく合法の大麻小売店は存在しなかった。嗜好用大麻を初めて合法化したのは 2012 年のコロラド州とワシントン州である。

いま大麻は、州の規制下にあるディスペンサリーで、多様な製品形態で流通している。弁護側は、この変化によって 意図しない曝露が起こりやすくなったと主張している。

これは感覚的な話ではない。測定された数字がある。

受動曝露で、どこまで出るのか

ジョンズ・ホプキンス大学の Cone らによる 2015 年の研究(Journal of Analytical Toxicology 39(1):1–12)は、この問題をまっすぐ実験した。

  • 密閉したチャンバーに、大麻を吸う 6 人と 吸わない 6 人を交互に着席させた
  • 大麻の THC 濃度は セッション 1 が 5.3%、セッション 2・3 が 11.3%
  • セッション 1・2 は換気なし、セッション 3 は換気あり
  • 非喫煙者の検体を、曝露後 0〜34 時間にわたって採取

結果はこうだった。

免疫測定の基準値非喫煙者の陽性
100 ng/mLなし
75 ng/mLなし
50 ng/mL1 件
20 ng/mL複数

そして GC-MS による THCCOOH の最高濃度は、非喫煙者で 1.3〜57.5 ng/mL だった。

57.5 ng/mL。 今回の Lawrence の 22 ng/mL どころか、国防総省の基準値 15 ng/mL をはるかに超える値が、自分では一切吸っていない人から検出されている。

THC 濃度が高いほど検出値は上がり、換気を入れると大きく下がった。

ただし、著者自身の但し書きがある

ここを落として引用してはいけない。Cone らは結論でこう書いている。

極端な曝露であれば、一般的な基準値で陽性になりうる。しかし陽性となることは稀で、曝露直後の数時間に限られ、しかも曝露があったことが本人に明らかな環境でしか起きない。

つまりこの研究は、弁護側の材料であると同時に、検察側の材料でもある。

「理論上ありうる」と「実際に起きた」は違う。密閉した部屋で何時間も他人の煙を浴び続けたという事情が Lawrence の側にあるのかどうかは、報じられている範囲では分からない。

なお、より古い 1987 年前後の受動吸入研究では、最高でも 15〜20 ng/mL 程度とされていた。2015 年に数値が跳ね上がった背景には、実験に使われた大麻の効力そのものの上昇がある。Ford の時代の前提が動いた、という弁護側の主張は、この点では数字に裏づけられている。

何が決まるわけではないか

念のため整理しておく。

  • これは 合法化の是非を問う裁判ではない。米国では連邦法(規制物質法)上、大麻は 2026 年時点で引き続き規制物質であり、軍においては州が合法化していても 統一軍事裁判法典(UCMJ)第 112a 条により大麻の使用は禁止されている
  • 争われているのは 立証の方法であって、禁止そのものではない
  • 仮に弁護側が勝っても、検察が陽性以外の証拠を出せば有罪はありうる。弁護側自身、推認の「部分的な」見直しを求めている

また、CAAF が上告を受理したこと自体は、結論を示さない。審理に値すると判断した、というところまでである。

日本から見ると

日本では 2024 年 12 月 12 日から、大麻の「使用」が処罰の対象になった。

正確に言えば、大麻取締法に「使用罪」という条文が足されたのではなく、大麻が麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)上の「麻薬」に移された結果、麻薬の施用に対する禁止と罰則が大麻にも及ぶようになった、という整理である(制度の全体像は「日本の大麻ルールはいま」を参照)。

ここで、米国の裁判と 同じ構造の問題が現れる。体内から検出されたという事実と、本人が知って摂取したという事実は、別のものである。

日本国内での立証がどのように運用されるかは、本記事の扱う範囲を超える。ただ、検査値が何を語り、何を語らないのかという論点は、大麻の使用が処罰対象になった国では避けて通れない。

当サイトでは、この論点を検査の側から扱った記事もある。唾液検査については「唾液のTHC検査は「いつ使ったか」を判定できない」、検出と死因の切り分けについては「過剰摂取死20万9,166件、大麻単独は9件」を参照。

いずれも、「検出された」から先に、どれだけのことを言ってよいかという同じ問いに行き着く。

読み方

この裁判の核心は、科学ではなく、科学をどう法廷で使うかにある。

Campbell が求めた 3 要件のうち、1 番目(代謝物の特異性)と 3 番目(検査精度)は、むしろ技術の進歩で強固になった。揺らいでいるのは 2 番目——基準値が「知らずに摂取した可能性を合理的に排除できるほど高い」かどうかだけである。

そして基準値そのものは、1980 年代の大麻を前提に設計された。製品の効力も流通量も変わったのに、線の引かれた位置は変わっていない。

CAAF がどう判断するにせよ、問われているのは「大麻は悪か」ではない。ある数値から、人の内心をどこまで推定してよいかという、かなり普遍的な問題である。

日本国内における規制

日本国内では大麻草・大麻製品の 所持・使用・栽培・輸出入は大麻取締法および関連法令(現・大麻草の栽培の規制に関する法律、麻薬及び向精神薬取締法)により規制 されている。本記事は米国の軍事司法における立証手法の論点を解説したものであり、大麻の使用を推奨するものではない。

出典

出典 — Sources

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