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米国の種苗ブランド Aficionado Seeds が、Peach Tree という品種の クローン(挿し木)1 本を 2 万ドルで売り出したと報じられた。日本円にすると 300 万円近い。

大麻のクローンは、一般には 1 本 25〜50 ドル程度で流通する商品である。桁が三つ違う。

なぜ、一本の枝にこれほどの値がつくのか。背景にあるのは、大麻という植物の遺伝的な性質である。

ざっくり言うと

  • クローンとは、優れた株から切り取った枝を発根させたもの。元の株と遺伝的に同一になる
  • 大麻は 遺伝的なばらつきが大きく、同じ交配から採れた種子をまいても、同じ性質の株は再現できない
  • だから「良い個体」を手に入れる方法は その株から切った枝を買うしかない。苗そのものが資産になる

いくらで売られているのか

報じられている価格を並べると、幅の大きさが分かる。

対象価格
一般的なクローン(カリフォルニア)25〜50 ドル程度
Habibi(Purple City Genetics)500 ドル
Giraffe P(Doja、ベルリン)500 ユーロ
Tom Hill Haze(3 本組)1,000 ドル
Toad Venom(3 本組)1,000 ドル
Tire Fire OG(Hendrx Nursery)1 本 1,566 ドル
Peach Tree(Aficionado Seeds)1 本 20,000 ドル

Tire Fire OG の 1,566 ドルは、2026 年 5 月にカリフォルニアで開かれた クローン頒布イベント「Clonetopia」(リッチモンドとサンフランシスコの店舗で開催)で記録された価格として報じられたものである。

Peach Tree を手がけたのは Flower Factory とされるが、系譜(親系統)は公開されていない。作り出した強烈な桃の香りだけが売り文句になっている。

クローンとは何か

クローンは、育っている株から枝を切り取り、発根させて別の個体として育てる方法——つまり 挿し木である。園芸で果樹やバラを増やすのと同じ原理だ。

種子から育てた株は、両親の遺伝子が組み合わさるため それぞれ性質が違う。一方、挿し木で増やした株は 元の株と遺伝的に同一になる。香りも、成分の比率も、育ち方も、理屈のうえでは同じものが得られる。

なぜ種子ではだめなのか

ここが値段の理由に直結する。

大麻は、ゲノムのほぼ全域にわたって遺伝的なばらつきが大きい植物である。同じ交配から採れた種を 10 粒まいても、10 通りの株が出てくる。「ウェディングケーキの種」を買っても、10 本すべてがウェディングケーキらしくなるとは限らない——これは栽培者のあいだでよく知られた現象だ。

そこで行われるのが フェノハント(phenotype hunting) である。育種家は交配を作り、数百から数千粒の種をまき、そのなかから目当ての性質を持つ 一株を探し出す。「500 本に 1 本」といった確率で語られる作業だ(この工程については、品種記事「Apple Fritter」でも触れている)。

**そうして見つかった一株は、種では二度と再現できない。**残す方法は、その株を 母株(マザープラント) として維持し、そこから枝を切り続けることだけである。

つまりクローンの価格は、**「その一株を探し当てるまでにかかった手間」と「他では手に入らないこと」**の値段である。

「株そのもの」が資産になった経緯

米国では、種子の取り扱いが法的に難しかった時期が長く、育種家は種ではなく クローンで流通させることが多かった。結果として、

  • 優れた母株を 囲い込む
  • 譲渡を 限られた相手と信頼関係の範囲にとどめる
  • 秘密保持契約を結ぶ

といった慣行が生まれた。たった一鉢の母株が事業の中核資産という状態が、この業界では珍しくない。

Clonetopia を取材した記事のなかで、種苗業者の Daniel Hendricks は、商業的に量産できて香りも落ちない OG 系の株について、**「B2B の金券のようなものだ」**という趣旨の発言をしている。栽培事業者にとって、良い母株は 設備投資に近いということだ。

名前が当てにならないから、株を買う

この現象を理解するうえで欠かせない研究がある。

2015 年に PLOS ONE に掲載された論文 「The Genetic Structure of Marijuana and Hemp」(Sawler ら)は、81 の嗜好用系統と 43 のヘンプ系統について 14,031 の一塩基多型(SNP) を解析した。その結論の一つが、こうだ。

大麻の系統名は、意味のある遺伝的な同一性を反映していないことが多い

つまり、同じ「◯◯」という名前で売られている株どうしが、遺伝的には別物でありうる。名前は品質も同一性も保証しない。

だとすれば、確実なものは何か。**「あの母株から切った、この枝」**である。市場が名前ではなく 個体そのものに値をつけるのは、この不確かさの裏返しだといえる。

品種名と実態のずれについては、別記事「『インディカ=眠い』は本当か」でも整理している。

注意点

数字の受け取り方には留保が要る。

  • これらは売り手が提示した価格・報じられた価格である。実際にその金額で取引が成立したかどうかまでは確認できていない
  • 2 万ドルという値は、宣伝としての機能も持つ。話題になること自体が、ブランドにとっての価値になる
  • クローンは遺伝的に同一でも、育つ環境が違えば結果は変わる。同じ母株の枝を買っても、同じものができるとは限らない
  • 大麻はウイルスなどの 病害を挿し木で持ち込むリスクがあり、価格には検査の有無も関わってくる

読み方

「苗 1 本に 300 万円」は奇妙な話に見えるが、種で再現できない植物という前提を置くと、筋は通っている。ここで売られているのは苗ではなく、探索の成果と、複製できないという事実である。

同時にこれは、大麻産業が成熟しきっていないことの表れでもある。作物として登録・保護される仕組みが整った植物であれば、価値は品種登録や契約栽培という形で流通する。それが十分に機能していないから、物理的な枝そのものを高値で受け渡すという形が残っている。

なお日本国内では、大麻草の 栽培は「大麻草の栽培の規制に関する法律」により免許制で厳格に規制されており、無免許の栽培は処罰の対象である。本記事は海外市場の解説であり、栽培を勧めるものではない。

出典

出典 — Sources

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